| 壬生寺正門の北側、文化元年造営の堂々たる長屋門の奥にある「八木邸」。ここは新撰組が誕生した第一の屯所であり、京都市の指定文化財として当時の姿がそのままに残っています。芹沢鴨が暗殺されたときに彼がつまづいた文机、柱に刻まれた刀傷が残っており、事件の様子を生々しく伝えています。その母屋では八木家15代目当主が和菓子店を営んでおり、壬生菜を練り込んだ名物「屯所餅」と抹茶で一服することができます。 |
「お西さん」の愛称で親しまれる、親鸞上人によって開かれた浄土真宗本願寺派の本山。幕末には新選組が屯所として利用していた時期もあり、境内で大砲や小銃の発砲訓練を行っては参拝者を震え上がらせたと言われています。現在では、隊士が寝泊まりしていたという太鼓楼のみ当時のままの姿をとどめています。
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新選組隊士たちの遊び場であった花街・島原。その揚屋「角屋」では、新選組隊士が夜な夜な饗宴や密議を繰り広げたといわれています。現在、唯一現存する江戸期の揚屋建築として国の重要文化財に指定されており、「角屋もてなしの文化美術館」として公開。各部屋ごとの趣に富んだ襖絵や障子などから、往時のもてなしの心を伺い知ることができます。近くには島原のシンボル的存在の大門があり、記念撮影におすすめです。 |
「壬生さんのカンデンデン」の愛称で知られる壬生狂言発祥の寺。幕末には新選組の兵法調練場として使われていました。沖田総司が近所の子供たちを集めて境内で遊んだり、隊士たちが放生池に泳ぐ魚やすっぽんを採って力士に料理をふるまったなど、地域住民と交流していた新選組のエピソードが数多く残されています。境内の壬生塚には、近藤勇の遣髪塔の他、芹沢鴨など隊士たちの墓が祀られています。 |